![]() |
![]() |
![]() |
| ★ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ドゥ・ヴォギュエ Domaine Comte Georges de VOGUE |
Cote de Nuits ★Chambolle Musigny |
![]() Musigny Grand Cru / Bonne Mares Gramd Cru / Musigny Blanc / Chambolle Musigny 1er Cru les Amroureuses / Chambolle Musigny |
|
Domaine Comte Georges de VOGUE全ブルゴーニュを代表するこの名門の歴史は1450年ごろまで遡る。ヴォギュエ家の祖先ジャン・モワソンが、後にシャンボール・ミュズィニー教区の最初の教会となるチャペルを建設したのが始まりという由緒ある歴史を持つ。このジャン・モワソンによって建設された15世紀のゴシック様式の広い中庭を持つ建物は現在も醸造場や収穫時の食堂として使用されている。 ドメーヌの所有畑は婚姻や相続、交換、購入を経ながらも、創立以来5世紀に亘って途切れることなく同一家族に守られている。ドメーヌに名を冠するジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵は父アルチュールの逝去にともない1925年に家督を引き継いだ。以後50年以上に渡りドメーヌを運営し、今日の世界的な名声を確立した。87年のジョルジュ氏の逝去後は、一人娘のエリザベート・ド・ラドゥセット男爵夫人が18代目を務める。所有は12.5ha。うちグランクリュが10ha。中でもミジュニィは7.2haと全体の3/4。古区画のプティ・ミジュニィはモノポール。年産わずか3.5万本を世界中の愛好家が分け合う。 ドメーヌの評価は70年代低下したこともあったが、87年の当主交替の際にスタッフを一新し、かつての栄光を取り戻した。栽培責任者(ブルゴーニュ氏)・エノロジスト(ミエ氏)・販売責任者(ぺパン氏)に分担が分かれ、それぞれが最高質のワイン造りという同じ目的を持って仕事に取り組んでいる。 |
|
![]() 醸造家のプライベートヒストリー栽培責任者のエリック・ブルゴーニュ氏はロワール地方のネゴシアン、ドロネー社の経理を務め、ディジョン大学醸造学部に学び、その後転職した一風変わった経歴の持ち主。97年より現職にある。 醸造責任者のフランソワ・ミエ氏はディジョン大学醸造学部でエノロジストの国家ディプロマを取得後、12年間、成分分析試験場に勤務。86年にヴォギュエ入りしたが、70年代後半から低迷していたドメーヌを復活に導いたのは彼の功績が大きいと言われる。 販売担当はジャン=リュック・ペパン氏。来日経験もあり日本ではお馴染みの顔で、自宅には日本式庭園を持つほどの親日家。 |
|
Viticole / Vinification/ Elevage栽培、醸造、熟成viticole 剪定 ギュイヨ・サンプル50%、ゴブレ40%、フォーメーション(若木の育成)10% 農薬 リュット・アンテグラル 肥料 6年に1回土壌を分析の上、コンポストを少量のみ撒いている。 摘芽・摘房 敵芽は実施。摘房は年による。 ヴェルジュ(枝上部先端近くにある未成熟の房)は取り除く(私の知る限りこれを実施するのは、このドメーヌのみ) ![]() vinification 発酵容器 木桶 逆浸透膜 しない 低温浸漬 しない セニエ しない 発酵温度・期間 30℃マックス。 ![]() elevage 新樽比率 20〜30%で、35〜40%マックス(グラン・クリュ)、25%(ヴィラージュ、1級) 樽材・焼き具合 アリエ 期間 12〜24ヶ月 澱引き 2〜3回/ポンプを用いず重力で 清澄・フィルター 年による |
|
Explication畑、セラーともに、最高品質のワインのため、最大限、細心の配慮がなされているドメーヌである。 剪定は若木のためのフォーマシオン(育成型)、コルドン、ギュイヨ・サンプルの3種類が樹勢によって使い分けられている。化学肥料は15年前より廃止し、現在は土壌成分を分析の上コンポストを6年に1回撒いている。農薬はリュット・アンテグラルで対応、除草剤は2000年より全面廃止、鋤き入れを行なっている。01年にはボンヌ・マールで試験的に馬による鋤き入れを採りいれてみた。 摘芽は毎年必ず実施するが、摘房はヴィンテージによる。時差開花によってできる未成熟の房は夏の間5週間かけて全て取り除く。ブルゴーニュでコストの嵩むこの作業を行なうドメーヌは極めて少数である。結果、得られるブドウは地面に対して平行になり房が小さく重ならない。残す芽の数をかなり制限しているためブドウの成熟は早目で、収穫開始は他の著名ドメーヌに比べると少し早い。 エノロジスト・ミエ氏は自らを「ブドウが楽器だとしたら、自分は個性をひき出す指揮者」と考えており、「ヴィンテージ毎に性格の異なる収穫に<普遍的>な醸造は有り得ない」と語る。「その中でも比較的<普遍的>なこととして」、86年の就任以来除梗・破砕は100%を行い、多量のSO2を必要とする低温浸漬は行なわない(午後の収穫で葡萄の温度が異常に高い場合は収穫果を冷却する事も)。あくまでも色やタンニンは太陽や土壌の恵みによるべきと考える。発酵には木製タンクを使用、開始に際して培養酵母は使用せず、発酵温度は30℃を限度とし、セニエは実施しない。発酵期間(タンクに入れておく期間)はテイスティングによって決定。圧搾には空圧式プレス機を使用し、樽に移す前に1〜3日タンクの中で静置する。 熟成にはアリエ産の樽を使用。新樽の割合はグラン・クリュで20〜30%(最高で35〜40%)、ヴィラージュ・1級で15〜20%、焼きはミディアム。1〜2年の熟成期間中2〜3回澱引き、年によって清澄・ろ過を行なう。 |
|
Domaine Comte Georges de VOGUEとはミエ氏は近くて遠い存在。ノってくる時は次から次へと興味深い話が聞けるが、一旦閉じてしまうとウンともスンとも言わない、このドメーヌのミジュニーのような人。静かな話し方は修道僧を思わる。12年間勤めた分析所の仕事ではマコンからモンペリエまでのエリアの数多い醸造所でコンサルを務めた。「ワインの凝縮やボディーは技術で造れますが、余韻の長さだけはテロワールに基因します」と語る。みずからをオーケストラの指揮者に喩え、年毎に異なる性格を持つ葡萄たちのポテンシャルを最大限に引き出す。 ブルゴーニュ氏は情熱的な人物で、写真撮影のために着替えるあたり田舎のヴィニュロン的な好人物。彼はいわば脱サラ後に大学の醸造学部の門をくぐった情熱派。00年から除草剤散布をやめ、01年にはボンヌ・マールで馬を使った鍬入れまでチャレンジしている。私もワインビジネスに関わり、ワインをより深く愛するようになってくると、つい畑にでて葡萄栽培の仕事をしてみたいと夢見るのだが、ブルゴーニュ氏はそれを本当に実現させてしまった情熱的・行動的な人物なのだろう。 栽培・醸造・販売担当が明確に分かれ、所有者は収穫中に数時間だけ畑の端で作業を見守るといった風景は、時々上品で硬く冷たい中世の領主様つくるワインという印象を受ける。一方、これこそが何代にも亘って綿々と反映する本物の経営者だ、という感がある。つまり、無名だったミエ氏や脱サラ組のブルゴーニュ氏の実力を肩書きにこだわらず見抜いて登用し大成功を収めるといったあたり。人物を見抜く目の鋭さと、大胆な責任の与え方である。更に私が経営者として非凡だと思うのは、これだけの畑を持ち、これだけの名声を既に確立しているにもかかわらず、マーケティング(販売)の専属者をおいていることにもある。87年まで醸造を務めたアラン・ルーミエ氏が増加する顧客からの需要に応えるためにシャンボールのヴィラージュ物の畑を手に入れることを当時の当主ジョルジュ氏に懇願したのだが、ジョルジュ氏はプルミエクリュより下のワインはヴォギュエの名に値しないと却下したそうだ。(現在は当主交替によって1.8haのヴィラージュ物を所有している:それまでは一番下のキュヴェがアムルーズだという豪家さ!)ヴォギュエはこうした優れた経営者による、情熱をもった人を見抜く目と、名門を守り抜くプライドをもって、今後も更なる発展を重ねるのであろう。 伝説のミジュニィ・ブランは年産わずか160csという希少なワインで、現在は93年のあと若木ゆえにブルゴーニュ・ブランとして販売されている。「いつからミジュニー・ブランをリリースするのかって?それは葡萄に聞いてみないとわからない」というクールな答えは、ミエ氏がいつも口にするもの。ただただ、楽しみである。 さてブルゴーニュ中でも垂涎のミジュニィ・VVだが、このワインはあまりにも雄大であり、あまりにも緻密でありすぎて、ボトル後最低でも10年は待たないとその片鱗すら見せてくれない。実際にミエ氏も早飲み志向の需要にあわせて造る気は全くないという。敢えてその片鱗を覗くことができるのは、他の偉大なワイン同様、樽の中だけであろう(コシュ・デュリのシャルルマーニュも同様だろう)。このドメーヌのセラーに入ることを許された人のみ、ヴォギュエの起す奇跡を垣間見ることができるのだ。 |
|
| | 買物カゴの確認 | ご注文 | |
| | 買物カゴの確認 | ご注文 | |
|
| サーチエンジン等で直接このページへリンクされたお客様へ こちらが『ワインと地酒の宝庫 五本木ますもと』のトップページです。 |
東京都目黒区五本木1-41-5 Tel;03-3712-1250 Fax;03-3712-1780 |