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| ★ドメーヌ・フーリエ Domaine FOURRIER |
Cote de Nuits ★Gevrey-Chambertin |
| 自ら「テロワリスト」(テロワール至上主義者の造語)と叫ぶ、 1971年生まれの若き情熱家,M.Jean-Marie FOURRIER ジャン・マリ・フーリエ。 高度な技術に頼らず、自然に任せたクラシカルな造り。 ![]() ![]() Griotte Chambertin Gland Cru / Gevrey Chambertin 1er Cru Clos St Jacques Gevrey Chambertin 1er Cru Combe aux Moines / Gevrey Chambertin 1er Cru Champeaux Gevrey Chambertin 1er Cru Les Goulots / Gevrey Chambertin 1er Cru Cherbaudes Gevrey Chambertin / Chambolle Musigny 1er Cru Aux Gruenchers Chambolle Musigny / Vougeot 1er Cru Les Petits Vougeots |
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Domaine Fourrierコート・ド・ニュイ最大の生産地ジュヴレ・シャンベルタン。ドメーヌ・フーリエはこの町を貫く国道74号線上にある。ジュヴレ・シャンベルタン、モレ・サンドニ、シャンボール・ミュジニー、ヴージョに9.5haを所有する。。1級とグラン・クリュが所有面積の70%ほどを占める豪華絢爛なドメーヌでジェネリックは2haにも満たない。現在の当主は71年生まれの若き情熱家ジャン=マリー・フーリエ氏。5代目になる。3代目がピジャージュ中に事故死したあと、4代目のジャン=クロード氏は67年、14歳の若さで大叔父フェルナン=ペルノ氏の手助けのもとワイン造りを始めた。当時のドメーヌ名はペルノ=フーリエ。81年にペルノ氏が死去し、ドメーヌは「ジャン=クロード・フーリエ」と改称された。ジャン=クロード氏は「醸造するには早いうちからたくさん経験を積むのがいい」と、94年に50歳の若さで引退し「ジャン・クロード・フーリエ」の看板を早々に下ろしてしまった。息子のジャン=マリー氏が当主となった今は「ドメーヌ・フーリエ」という看板を掲げている。 |
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醸造家のプライベートヒストリージャン=マリー氏はボーヌのワイン農業高校を卒業後、父の仕事を手伝いながらブルゴーニュ大学の醸造講座に通った。88年には半年間アンリ・ジャイエで研修、その後父を手伝った。93年オレゴンに渡りジョセフ・ドルーアンでアメリカのピノ・ノワール造りを学ぶ。94年の帰国後23歳の若さで父の跡を継いだ。「40歳になってもオヤジが頑張っていて醸造を任せてもらえないドメーヌもある。自分は非常に恵まれている」と語る。 23歳までに学校、ジャイエ、父、ドルーアンと、ワイン造りを学んだが「その誰の真似でもない、自分だけのワイン造り、哲学がある」とこだわりを持つ。テロワールと高貴な葡萄品種ピノ・ノワールの純正さを表現することに努め、自ら「テロワリスト」(テロワール至上主義者の造語)と名乗る。醸造にテクニックを求めず、自然を支配することを好まない。高度な技術に頼らず自然に任せていた20世紀初頭のヴィニュロンの流儀を再現を目指す。 |
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Viticole / Vinification/ Elevage栽培、醸造、熟成 viticole剪定 ギュイヨ・サンプル 農薬 化学薬品は使わない(ボルドー液と硫黄を 使用)。対処農薬栽培。 ![]() 肥料 2〜3年に一度有機肥料 摘芽・摘房 摘芽は実施。摘房はしない。 vinification 前清澄 24時間 逆浸透膜 しない 低温浸漬 15℃で3〜4日間。 セニエ 年による 発酵温度・期間 低温浸漬込みで18〜20日間最高温度34℃ ピジャージュ・液循環 最初と最後に液循環、途中からピジャージュを1日4回マックス。 elevage 新樽比率 グラン・クリュでも20% 樽材・焼き具合 ベルトランシュ、シトー、ヴォージュ、シャティヨネ 期間 18ヶ月 澱引き なし 清澄・フィルター なし |
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Explication 父、ジャイエ、オレゴンと、様々な醸造・栽培を極めたジャン=マリーの行着いたワイン造りの哲学は「ブルゴーニュでは、テロワールを尊重すれば何も新たに付け加えるものはない」というもの。
自らを「テロワリスト」と呼ぶだけに、その栽培・醸造に関する哲学は「語り出したら永遠に止まらない」程のもの。ここでは少々長めにご案内する。
特に彼がこだわる醸造・栽培への考え方は、「高度な技術に頼らなかった20世紀初頭のヴィニュロンの流儀を尊重する」という事。「当時は化学農薬など存在しなかった」と栽培にはラ・リュット・レゾネ(対処農薬栽培)を採用。農薬は主に低濃度の硫酸銅を使用する。
肥料は遺伝子組み替えをしていないものを2〜3年に1回撒いている。剪定は集団選抜クローンに適しているギュイヨに仕立てる。
台木は市販のハイブリッドクローンを用いない。「アメリカで進歩しているハイブリッド研究だが、用いると確かに接木当初に均一で優れた葡萄を生み出すが、10年から30年とたった時にテロワールを反映させることができない。株が均一化するとワインの複雑味が損なわれる」と考える。
ヴァンダンジュ・ヴェルト、すなわち摘芽は非常に厳しく行っている。運良く霜や雹の被害にあわない場合に、やっと40hl/haの収量が達成される程度にまで厳しくしている。
これは摘房が葡萄木にストレスを与えると考えるため、摘芽を厳しくすることで収穫量を制限するという考え。更に、ヴァンダンジュ・ヴェルトによるストレスは、ワインのバランスを損なうばかりか、葡萄木の寿命を短くすると危惧する。また、「(ヴァンダンジュ・ヴェルトによって)畑に惜しげもなく葡萄の房が捨ててあると、ジャーナリストへの絶好のポーズになるからね。だけど、僕はコマーシャリズムのために葡萄の木にストレスを与えようとは思わない」と語る。
収穫にも一家言を持つ。醸造場内でのソーティングテーブルによる収穫果の選別は、腐敗果のカビが健全な房にも飛び移る上、酸化を促進すると否定的である。代わりに収穫人を急がせず、ゆっくりと選別しながら摘み取りを行わせている。また、カビが飛び移らないように手洗いも励行している。
収穫果は100%除梗し、半分だけ破砕している。茎から出るタンニンは嫌う。 低温浸漬は自然の温度(朝の収穫果の温度)で3〜4日行なう。マストが15℃を超えるときは温度を下げている。長期にわたる人工的な低温浸漬は、亜硫酸を大量に必要とするため実施しない。亜硫酸を大量に使用した場合、ワインが損なわれるのはもちろん、スターター酵母として人工培養の酵母が必要になってしまうのも、長期低温浸漬をしない理由の一つである。
自然に任せて発酵を開始し、発酵開始直後と末期に液循環、最盛期には1日4回手作業によるピジャージュを組み合わせる。マストが34℃を超えないよう管理し、トータルの発酵期間は18〜20日間にわたる。
発酵終了後、空圧式プレス機で圧搾、24時間静置して沈殿物を取り除く。ベルトランシュ、シトー、ヴォージュ、シャティヨネ産の樽に移して熟成する。新樽は木の香りが強い上、より多くの亜硫酸を必要とするので多用せず、グラン・クリュでもヴィラージュでも20%しか使用していない。
ジャン=マリー氏は「ワインに与えるタンニンはブドウに由来するものであるべきで、茎からでも樽からでもない」と語る。茎や樽からもたらされるタンニンはドライなアフターテイストをもたらし、高貴で繊細なピノの味わいを損ねると考える。
18ヶ月の熟成中、澱引きは一回も行なわない。「昔のヴニュロンはそれほどカーヴ内の作業に時間を費やしていなかったから澱引きをしていなかったし、澱引きをすればそれだけ空気とコンタクトする時間が長くなって酸化を促進する」。なお、清澄もフィルターも94年以降は一切実施していない。
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Domaine Fourrierとは ![]() 文献が存在する範囲だけでも、ジュヴレイ村に19世紀半ばまで歴史を辿ることのできる古いドメーヌ。よって古くから特級・1級にベストの区画を所有している。しかも平均樹齢が50年を超えており、クロ・サン・ジャックに至っては90年を超す。 この歴史と所有畑から見れば、実にポテンシャルが高い生産者であると言えるのだが、長年低い評価に甘んじてきた。実際にR・パーカーが先代のジャン=クロード・フーリエ時代を評してこう書いている。「フーリエ家の持つ畑は非常に良い区画ばかりで樹齢も高い。収穫量過多と不衛生なセラー故に、先代の名声が地に落ちた」―実はジャン=クロードの前、60年代の「フェルナン・フーリエ」時代には、「コート・ドール最高峰の造り手一つ」として一時代を築いた、大変な名声を誇るドメーヌだったのである。 現当主ジャン=マリーの父、ジャン=クロードはあまり欲深くなく、ただ勤勉に畑を耕す農夫で、多くのワインをネゴシアンに樽で販売して良しとしていた。多くを望まない実直なタイプなのだ。 94年から若く情熱と知性と経験を併せ持つジャン=マリーの登場によって、このドメーヌはかつての伝説が復活しつつある。セラーの屋根に羊毛を入れて断熱材にしたり、畑の仕立を変えたりと、微に入った多くの改革を行ったジャン=マリーの試行錯誤が97年ヴィンテージから一気に花開き始め、99年ヴィンテージでは「クラシカル・ブルゴーニュ」のスタイルとしての一定の極みに到達したといっても過言ではないだろう。今や、美食家が必ず立ち寄るジュヴレイ村の名物レストラン「ミレジム」のリストには、「ドメーヌ・フーリエ」の名を冠するワインがずらりと揃う。 わずか50歳で才能ある息子に当主を譲った、控えめな父ジャン=クロード氏は一応引退という形だが、今でも毎日緑色の作業服を着て畑の手入れに余念がない。素晴らしい親子である。 |
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